grace
 
 
 
どのくらい前から、一緒に居たいと思う様になっていたのか
 
そんなの、とうの昔に忘れてしまった
 
 
 
 
今日の授業で課せられた英語の課題を口実に、柳生をうちに誘った。内容なんて全然簡単で、一人でも絶対出来るけど。
学校だけじゃ、部活だけじゃ物足りない。少しでも長く同じ空間で同じ時間を過ごしたくて、つい色々と理由を付けてしまう。
テーブルに向かい合わせに座っていたけど、課題のプリントなんてやっぱり楽勝で。
すぐに終わってしまって、柳生がそのまま帰ってしまわない様に横に座った。くっつくのもあれなので、保つ微妙な距離。
 
 
「…仁王くん」
「んー…?」
 
 
俺の名を呼ぶ、柳生の声が好き。
心地よい其れが聞きたくて、課題をしている間強請って、何度も英文を読んでもらった。
 
 
「仁王くん?」
「なに…」
 
 
俺の髪に触れる、優しい手が好き。
伸ばした後ろ髪に長い指を絡めて、ゆるく梳かれるのに神経がつい集中する。
 
 
「…もう少しこっちへいらっしゃい」
 
 
何も言わずにズルズルと柳生の方へ寄って、もう少しで触れるあと一歩の所まで行った。
結ってある髪の結び目に指先を当てて、くるり、と回される。
持て余した時間の隙間を埋める、ただ一緒に居る為の行為。何もしないと、帰らなくてはならないから。
 
 
「柳生」
「はい」
 
 
話し掛けたら、返事と同時に髪を解放された。
勿体無いことをしたかも、なんて考えてみる。
撫でられるの、好き。声を聞くのも好き。一度に与えてくれないのが、この男の少し意地悪なところ。
 
 
「俺の、この髪。お前とダブルス組める様にって願掛け、しとったんよ」
 
 
肩に掛かった自分の髪を摘んで、緩やかに梳き降ろす。
一言、返答しただけの柳生は、人差し指で眼鏡を押し上げた。
 
 
「…柳生がまだ、ゴルフやっとった時から伸ばしよった」
「私を知ってらしたんですか?」
「見とった、から…」
 
 
俺と正反対の異名をもつ、ちょっと不思議な奴。
何だか知らないけど興味が湧いたから、遠くから見てたりしてた。
 
周りの人に本当に紳士的に接する柳生を見て、最初は『なんてつまらん奴』と思った。
他の人みたくちょっと揶揄ってやろうと思って近づいた。
 
 
「本当になるなんて思わんかったんよ」
「…叶いましたね、仁王くんの願い」
 
 
揶揄おうとしたのに、こいつは騙されんかった。
バカ正直で、真面目なだけで、つまらん奴かと思っとったのに、逆に俺が引っかかった。
 
 
「願いごとし続けるうちに、こーんな長くなった」
 
 
ちょっと苦笑気味に笑い掛けてみたら、柳生の瞳が優しくなった気がした。気がした、だけやけど。
手を伸ばして、柳生の手に触ってみる。
何の抵抗も無く、表情も変わりやしない。ちょっと躊躇って、握ろうとしてみた。
 
 
「仁王くん」
「ん」
 
 
急に呼ばれて、ビクッてなってしまった。
離そうとしたら、逆に握られて。そっと包む優しい手に、何と無く泣きそうになる。
瞼が熱いのを我慢する様に、その手を握り返す。
 
 
「…どうかしました?」
「別に、…なんも」
「そうは見えませんけれどね」
「せからしか」
 
 
はいはい、って笑われた。さも可笑しそうに。 …悔しい。
悔しくて、ホント悔しくて、握った手を離そうとしたのに、柳生は俺の手を離さない。
それどころか指を絡めて、懸命に離そうとしている俺を見て、喉の奥で笑った。
ああ、好きなんだけどな、この顔。
俺以外の前では、多分見せない顔。
独り占めしたい。俺だけの、俺だけの表情、俺だけの柳生。
気付いたら、俺はもう手を離すことを諦めてた。ぎゅっと指を絡めたまま握られた手を見て、見透かされていた事を知る。
 
 
「………髪、切ろうかな」
「…どうして?」
「叶ったし。お前と、ダブルス」
 
 
少し前から考えてた。きっと柳生は思いもしなかっただろう、視線を、俺じゃなく後ろ髪に感じる。
ちょっとだけ動揺した?
気になる。意図してなかったじゃろ?びっくり、した?
何か言われるのを待って、薄めの唇がゆっくり開かれるまでじっと見つめた。
 
 
「……やめたまえ」
「何で?」
 
 
前に、俺の髪にふわふわと触る柳生に尋ねたことがある。好き?と。好きなん?って訊いた。
俺のこと、長い髪、それに触るのも。
全部ひっくるめて訊いたなんて、その通りだけど思われたくなかったからただ一言好きかと聞いた。
 
『好きですよ、柔らかくて。この髪も、それに、仁王くんも』
 
そう答えた柳生。俺まで柔らかいみたいだと唇を尖らせた。その先は恥ずかしくて思い出したくも無いけど。
 
なぁ、触んのが好きやから止めんの?
遠目から見て、視力の悪い柳生でも俺だとすぐ解る目印にもなってた。まぁまず、髪色で解るんだろうけどさ。
この髪が好きって言ってくれた。 好きだから止めるのかと心の中で何度も尋ねた。
 
 
「仁王くんのその髪は、私への想いと取りましたので。」
「…は?」
「私と一緒に居ることを望んで、そこまで伸ばしたのでしょう?」
 
 
口をぽかんと開けて、真顔でその科白を吐いた柳生を見る。
確かに、その通りやけど。
でももう叶った、伸ばす必要はなか、なんて考えてた自分が急に可笑しくなって、ちょっと笑った。
 
 
「貴方が私と一緒に居たいと想った為に、伸ばされた髪ですから。 切るのは勿体無い」
 
 
繋いでいない方の手で、後ろ髪を掬う指先を、何とは無く眺めて。
口付け、られた髪。
酷く恥ずかしくなったのと、悔しくなる位にこいつが好きだと知ってしまったのとで、ネクタイを思い切り引いた。
 
 
「仁……」
 
 
歯がカツン、と当たる音がした。衝動的に自分から唇を重ねてしまった。
すぐに離れたら、口端で笑う柳生が見えた。
今度は柳生が顔を近付けてきて。反射的に瞳を瞑ると柔らかく唇が触れた。
当たって、離れて、もう一回触れて。
 
よく解らないうちに柳生に抱き付いた。
顔は見えないけど、多分優しく笑ってて。もっと優しく、髪を撫でられる。
 
 
「………好き?」
 
 
前と同じ、質問をしたら
 
額に軽くキスを落とされてから、前と同じ返事をくれた。
 
 
 
 
END
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送